あらすじ

 仏に身をおき、全てを捨てた「捨て聖」

一遍上人(ウド鈴木)は、「仏との結縁」を万人に教えるための、遊行を決意をする。その旨を妻の超一(宮下今日子)へ伝えると、超一は、自分も連れて欲しいと頼んだ。一遍は、超一との娘、超二(橘美緒)、念仏坊(スティーブエトウ)を引き連れ、熊野、長野へと遊行の旅に出る。
 佐久の武家屋敷に寄った際、一遍の念仏に合わせ、突然、超一が踊り始めた。これが踊念仏の
始まりである。お銀(玉置成実)、清輝(松田洋治)、高僧(綾田俊樹)、旅人(吉田達也)らと出会い、教えを極めていく一遍聖。その教えを鎌倉で伝えようとするが、武士(KEN KEN)の邪魔が入りうまくいかない。僧医(剛州)から、これ以上の遊行を進めることは危険だと言われる一遍であったが、彼はその教えを聞かずさらなる遊行に出るのであった。
 三島に到着した一行―。いつものように「踊り念仏」の鐘の音が鳴り始めると念仏を唱え、リズムと共に仏との結縁に陶酔していく民衆のなか、ひとしきり大きな声が劈き、全てを諦めざる終えない悲しみの境地に立たされる―。

 

「踊り念仏」と「音楽」

国内外で活躍するミュージシャンと、

  音楽シーンを支援するレーベル「カエルカフェ」の共同制作―

踊り念仏
 鎌倉時代最後の宗派「時宗」の開祖「一遍上人」が遊行(念仏札を賦算し全国を巡る)の際に、佐久市にてお創めになった「踊りながら念仏を唱える」というもの。そこに多くの民衆が参加し、各地で行われていたといい、今もなお「盆踊り」などに見ることができると伝えられています。この「踊り念仏」では鐘や碗を叩くなどベースになる音があり、「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」と唱えるのですが、現存する「踊り念仏」をもとに、本作では音楽通であれば周知のミュージシャンが、各地域を舞台にこの「踊り念仏」をアレンジしていく。出演箇所
 まずは埼玉県熊谷市で「踊り念仏」の始まりにかかるイントロダクションが起こる。ここに日本のオルタナティブシーンでもっとも先鋭的なドラマー「吉田達也」が出演。絵伝にもあった佐久市での踊り念仏始まりのシーン、そして重要なアイテム「鐘」を授ける琵琶法師役に「竹久圏」、鎌倉へ向かう一遍上人一行の行く手を阻む武士にベーシストの「KenKen」。遊行の途に出会う全てを失った娘、お銀役に歌手「玉置成美」。その罪人役は「早川俊介」。京都で成功を収めたシーンにはジャズピアニスト「クリヤ・マコト」。エンディングテーマを手がけた宇佐元恭一。本作全ての楽曲をまとめ、念仏房として出演し、キャスト陣を支え続けた重金属打楽器奏者スティーヴ・エトウ。マニピュレーターという経歴を持ち、音楽業界に在籍している監督の秋原北胤。ほんの一部を紹介しましたが、歴史、音楽、文化、そしてなにより、参加して育てる映画が、「一遍上人」にを通じて実現したのが本作なのです。

 

本映画の企画にあたり

映画監督:秋原北胤

私は、二〇〇六年より映画制作と上映を元に、地域の方と文化的及び精神的つながりを求め交流を深めてきた。一介の映画監督が地方に現れ「一緒に映画を作りましょう」ということは、とても地方では奇異とみられるわけだが、何度も伝えるうち理解を得られ、つながりは深まり、現在5年目にして、全国10を超える都道府県、20を超える市区町村の応援をいただくようになった。
 あるとき、一つの「絵巻」に接した。そして私は愕然とした。遡ること800年以上前、私よりさらに広範囲で地域の方々に精神的、文化的な支柱を授ける人物がいた。そのうえ、私が懇意にしていただいている地域の多くを網羅されていました。そう、「一遍上人」なのです。

映画「一遍上人」最新情報

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